ママ、子育て始めるってよ。

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子供を育てるということ。

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子育ては産んだ瞬間から始まります。

この「子育て」というのは恐ろしいもので自分本来の姿があらわになってしまいます。大人になって穏やかさを身につけたつもりになっていても、子供にどうしようもないほどのイライラを感じることもあるし。どうすれば子供に言いたい事が伝わるのか考えても実にならない無力感に襲われることも。

どれだけ「挨拶をしなさい、ありがとうを言いなさい。」と教えても、最も身近に居る親がそれを実践していなければ、子供は出来るわけがないです。子育ては子供を通して自分の今までの生き方も問われているのです。

以前以後

私は、こんなことをよく考えます。

子育てする前の自分と、現在子育て中の自分の違いについて。「子育て」以前以後の自分の中で1番違うなぁと思ったことがあります。

それは感動のハードルが明らかに下がっている事。

以前は、子供に関する歌なんか聞いても絶対に泣かなかったし何も思いませんでした。それが今では「おかあさんといっしょ」の歌を聞いても泣けてしまう事があります。

発表会もそうでした。自分の娘の姿は勿論、先生が指導している姿や他の子が一生懸命発表している姿を見ても何だか心が震えてしまいます。なぜ、こんなにも感動のハードルが下がったのでしょう?

私なりの結論 

ホルモンの関係とか科学的なことを抜きにして思う事は、やはり他者への共感力が増したからだと感じます。

何もしゃべれない赤ちゃんの時から、この子は何で泣いているのかと考えるし、この子の喜ぶことは何だろうと考える機会が非常に増えます。自分以外への気持ちを汲み取ることが日々必要となり、結果的に他者への共感力が鍛えられているのではないでしょうか。

また、人間が生まれて成長していく姿を実際に見られたことも大きいと感じます。命の圧倒的なエネルギーを目撃することで、同じくエネルギー溢れるものを見るだけで涙が出てしまうという事ですね。

子供を育てることは幸せ?

「子育ては楽しくて素晴らしいものだよ!」なんて決して言えません。現時点で100%幸せだとも思いません。正直、幸せ度は50%くらいですね。ましてや家は一人親家庭なので、子供が大きくなるまで病気になったり死んだり出来ないという、義務感が常につきまとってきます。

子育ては花を育てる事に似ている

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子供を育てる事は、花を育てる事に似ています。

せっかく種を蒔いたのだから、出来るだけ良い環境で綺麗な花を咲かせてあげたい。毎日、水をやり枯れていないか様子を見る。風の強い日には折れないように飛ばされないようにしてあげる。責任感と愛情が伴って、やっと花が咲きます。

子育てもこれと全く同じだと感じます。 

退屈は……きっとしない

子育ては親育てと言われているように、確かに自分の中で変わっていくものがあります。子供という「自分とは違う人間」を育てる行為は楽しく幸せな事だけではなく、忍耐力や責任感も必要とされます。

また、子育てはコスパ最悪という意見もネット上では目にします。金銭面だけで考えると子供が成長し、返ってくるリターンはごく僅かであるか無いに等しいです。

ただ、「自分と最も近いけれど自分ではない人間」がこの世に存在するというのも、なかなか面白いものです。子供が小さければ特に日々が良くも悪くも彩られるというか、退屈はしないです。きっと。