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体罰は教える側の「能力不足」の結果引き起こされるものである

11月に再放送された「ハートネットワークTV」を見て、深く心に残った言葉が一つありました。

 

知的障害を持つ陸上選手・川上春菜さんを特集していたのですが、川上さんを指導するコーチが「彼女は何でも出来る。出来るようにならないのはこちらの指導の仕方に問題がある。」という趣旨の発言をしていました。

この発言を聞いて、私の頭の中にまず思い浮かんだのが「体罰」問題でした。なぜなら、この言葉は体罰と両極端にある言葉だと感じたからです。

 

少し前には、世界的トランぺット奏者である日野皓正さんのビンタ騒動。それに続いて私が住んでいる県の隣、福井県で教師の過度の叱責により中学生が自殺した事件。

子育て中の身としては、体罰について考える機会が非常に多くなっていました。

体罰(たいばつ)とは、私的にを科す目的で行われる身体への暴力行為である。 

 引用:体罰 - Wikipedia

 

ウィキペディアによると、体罰とは身体への暴力行為となっていますが、私は過度の叱責も体罰に含まれると考えています。

 

この体罰ですが、私は断じて認められるものではないと認識しています。

 

体罰は本人に繰り返し問題行為があった、もしくは目的達成のための厳しい指導の延長線上に起こりうるものです。体罰を行ったからといって、本人の人生がより良い方向に向かうか?というと、私は「No」だと思います。

 

まず、体罰を良しとする関係は決して健全な人間関係ではありません。

体罰を行うものと行われるものの間には「恐れ」や「憎しみ」といった感情が少なからず生まれます。そんな関係の中から子供(生徒)が何かを学び取るなんてことは到底、期待出来ません。

また、体罰が行われるに至った「原因」があったとしても、子供は本当の意味でその原因を理解し解決することは出来ないでしょう。

 

日野さんの件でも、自分の判断でドラムを叩き続けた彼は、練習の段階でも日野さんから厳しく指導されていたと聞きます。そうしてぶつかりあった結果、本番でも結局はあのような行為に出てしまったわけです。

自分勝手な行動を引き起こしてはなぜダメなのか?彼は日野さんからの厳しい指導だけでは、その理由がいまいち掴みとれなかったわけです。

 

また、体罰は指導者にとって自分の「能力不足」を感じずにすむ指導方法でもあります。

子供(生徒)にどれだけ指導しても改善が見られない時というのは、自分の能力不足を実感する瞬間でもあります。

でも、体罰を行えば一時的に子供は言う事を聞くので「やっぱり自分は正しい」「自分の指導法は絶対だ」と間違った万能感を感じてしまいます。

その結果、自分の能力不足を感じずに済み、自分自身へのマイナス評価から己を守れるのです。

自分が傷つかないために自分よりも弱いものを傷つけているだけなく、改善するための思考も放棄してしまっているので、相互に成長する機会も無くしてしまっています。

それだけでなく、体罰を行っている時は「自分はこんなにこの子に手間をかけてあげてる」と錯覚すら起こしているかもしれませんね。

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「体罰はコストの安い管理方法」

これは糸井重里さんの発言なのですが、言い得て妙だなぁと感じました。

体罰ほど簡単で、工夫もなにも要らない指導方法なんて他にはないわけですからね。結局はラクをしたい指導者が行うことなのです。

指導を行うためにもっとも大切なのは『改善に向けた環境づくり』ではないか?

大人でも、何かを変えようと思ったり始めようと思う時には大きなパワーが必要となります。

これは、何冊か本を読んで共通していた項目なのですが『環境づくり』が行動を促すための重要なポイントになるようなんです。

福井県の事件は「宿題を提出しなかった」「何度も忘れものをした」ことが過度の叱責に繋がったと報道されていますが、それならば彼が「宿題を提出する」「忘れものをしないようになる」環境づくりを本来するべきではなかったのか?と思います。

 

でも、この環境を整えるのってすごく大変ですよね。

本人だけでなく、家族や、教師全体で連携をとったり、より工夫した指導が必要になりますもんね。

だから、自分にとってコストのかからない「過度の叱責」を指導法として選択してしまったんじゃないでしょうか。

 

※日野さんの件で言えば、日野さんの本業はトランペット奏者なので、日野さん自身よりも周囲の大人が環境について配慮すべきだったと思います。

最後にもう一度コーチの言葉を紹介

「彼女が成長しなかったら、私は自分に何をしてるんだと言いたい」

彼女の成長が見られない時、彼女を責めるのではなく指導している自分自身を問うその姿勢は素晴らしいと思います。

これが体罰を行う人との決定的な違いだと思います。

 

体罰を行う側の人間は、自分の非について考えることはしません。徹底して相手に「何で出来ないんだ」と責めます。

 

そうではなくて、全ての指導者が川上春菜さんのコーチのような視点を持ってくれれば、子供たちの可能性はぐっと広がるのではと思いました。

 

▲体罰ではないですが、怒られてばかりの子供の胸の内が丁寧に綴られた絵本です。

 

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