母の日にプレゼントを受け取る側になって思うこと

5月13日は母の日。

おかあさんになって7回目の母の日ですが、いざ自分がプレゼントを受け取る側になると何とも言い知れぬ気持ちになります。

もともと何かの日をきっかけにして『気持ちを伝えたり、物を渡す』といった風習がピンと来ないのもあってくすぐったい感じ。

 

そんな胸のうちを知ってか知らずか、娘は母の日が近づくとあれやこれやとその日に絡めプレゼントしてくれます。休みの日の暇つぶしにプラバンを買ってあげたら「ママに!」ってなぞのキャラクターを書いてくれたり、茶碗作りに一緒に行った時も、これまた「ママに」って作ってくれる。

 

「ありがたいなー」と思いつつ自分の時はどうだったかなぁと、思い返してみると母の日に何か贈った記憶は一度しかありません。

 

受け取らなかった母 

たしかあれは保育園の年長時の時。

おかあさんへのプレゼント作りがあって、その日わたしは風邪で休んでしまった。

結局、先生がわたしの代わりに折り紙のカーネーションを製作して、それをわたしが母に渡すことになったのだけれど、母は「先生が作った物だからいらない」と頑なに受け取りませんでした。

「えらく頑固だなー」

と、その当時のわたしは母の気持ちが分からなかったんですが、今も正直分からない。

もしわたしが同じ立場だったらどうするだろう。

きっと、一応は「ありがとう」と受け取ると思います。そうしないと渡そうと考えた子どもの心の行き場がないのではと。

物を受け取るっていう行為は意外と深い意味合いを持っていて、物+心を受け取っているんだと思うんですね。

縁を切りたい人からのプレゼントは受け取ってはいけない。と、どこかで聞いたことがあるんですが、それは『その人の心も受け取ってしまうから』だと勝手に解釈しています。

だから子どもからのプレゼントはどんなものでも受け取りたいなぁと。小さい子がよくくれる落ち葉や石ころでも(笑)

 

ちなみに、それからは一度も母の日にプレゼントをしたことはないです。

 

子どもの気持ちがもつパワー

そういったことを思い返すと、あれやこれやとプレゼントをくれる娘は私とは全く違った個性を持った人間だと思えてきます。

と、同時に子どもの「ママに!」って気持ちはとてつもないパワーを持ってるなぁと。だって100%相手のことを考えて贈っているわけですよね。

大人だと100%まではいかないかも。もちろん相手を喜ばせたいという気持ちはあるけど、そこにはやや打算的なものが入ったり。義務的なものが入ったりで。

 

保育園と違って小学校に上がると、「母の日のプレゼントを作りましょう」なんて授業はもちろんありません。

わたし個人としては「母の日だから」「父の日だから」であえて気持ちを伝えたり、プレゼントする必要はないと思っているんですが、それでも自主的にプレゼントを用意してくれる娘を見ているとくすぐったいけど素直に嬉しいなーと感じます。