マナコにかんする10のこと

タダの生活雑記です。

理解できない人々(キャップ・手拭き・PTA・子ども会)

33年も生きてると、この人たちと分かり合うのは容易ではないな。と感じることがあります。f:id:mamakoso:20180619221813j:plain

※ちゃんと閉めれば倒れても大丈夫

ペットボトルのジュースのフタを最後まできちんと閉めない人と付き合っていた時は「無理だわー」ってなったし、手洗い後に手を拭かずびしょびしょなままドアノブを触る人も「無理だわー」ってなりました。

こういう人にはいくら「フタをちゃんと閉めないと、うっかりその部分を持ったときに盛大にこぼれてしまうので気をつけてほしい」と言っても、生育環境でそれが許されてきたせいか改善することはありません。

手拭きも同様で「手を洗った後はちゃんと拭かないと衛生面で良くないし、何よりドアノブを触った時に不快」と説明してもダメでした。

 

そういった人間と接点があると徐々にストレスが増幅され、自分自身がピリピリとしてしまって日常で良いパフォーマンスが出来なくなるような気がしました。

 

「今まさに」のPTA・子ども会

キャップや手拭きと同列に語るわけではないんですが、小学生の子どもがいる今、まさに理解できないと苦心しているのがPTA・子ども会を頑張る人たちです。「頑張る」というと語弊があるかもしれませんね。正確には「熱心すぎる」人たちです。

子どもが絡む親の会というのは制度に問題がある場合が多いのですが(善意のボランティア前提というね!)、 PTA&子ども会には「やる・やらない」の選択肢がありません。「やらない」をうっかり選ぶと熱心な人たちから非国民のような扱いをうけるし、理解できない。

 

仕事でもないことに拘束されて、頭を悩ませなければいけないのか?

非生産的な運用になっているんじゃないか?

国民の義務は『教育・勤労・納税』だったはずでは?

※ネット検索すると子ども会については任意の地域が多いようですが、わたしの住んでいる地域では絶対参加です。

 

お互い理解できない人たちと共存して、妥協点を探っていくというのはなかなか骨が折れます。子どもがらみはなるべくトラブルを起こしたくないので、長いものに巻かれてしまうケースも多いのかもしれませんね。

実際わたしも嫌々参加し、しかも役員まで引き受けてしまいました。

 

理解できない人に出会った時の落としどころ

キャップや手拭きの時は、その人物とは離れる選択をしました。

それは距離を置くことが可能だったし、それによって自分にデメリットが生じないと考えたからです。

では、PTAや子ども会「絶対参加!」の人たちとはどうでしょう。このパターンは学校や地域・可愛い我が子が絡んでくるので、距離を置く選択肢は現実的ではありません。結局のところ周りの状況に合わせるか、参加するよりもっと多大な労力を使って「参加しなくていい」制度を作るかになってしまいます。

 

以下、どーでもいいこと

この記事を書いていて思ったのですが、「絶対参加」の人たちは「参加しない」人をズルいと思っている人もいるのではないかと。

●PTAは面倒でも参加すべき→やらなくちゃいけない→自分が大変な思いをしてるのに、あの人は!

と、擦りこみから始まっているパターンも結構ありそう。ホントは任意の団体のはずなのにねぇ。

 

あと、キャップをきちんと締めない人は自分でうっかりフタ部分を持ったときに高確率でバシャーンってならないんだろうか。絨毯だったら大変だよ。