マナコにかんする10のこと

タダの生活雑記です。

虹の女神(上野樹里×市原隼人)

たまらなく繊細で、記憶が薄れた頃にもう1度見たくなる映画がある。

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※なんかシンプル

岩井俊二を好きだったのはもうすでに過去のことで、「スワロウテイルバタフライ」「リリィシュシュのすべて」「花とアリス」といった一連の作品を見てきました。そんな中で「虹の女神」(2006)は岩井俊二の持ち味・エンターテイメント性・俳優陣の巧さが見事に混ざり合った作品で、あっという間に117分が過ぎてしまう。

岩井俊二が監督だとその色が強くなりすぎて、小難しい何を楽しんで良いのか分からない作品になってしまうのですが、コレは脚本&プロデュースにとどまっているお陰か随分と見やすく仕上がっています。

 

物語の始まり

あっさりと、ヒロインのあおい(上野樹里)が飛行機事故で死んでしまうところから物語は始まります。あおいの死を知った直後、かつての仕事仲間の台詞がリアルで。

可哀想なことしたよな、いい奴だったのに。

他にいるだろいくらだって死んでいい奴。

誰?おれ?

淡々と仕事をこなしながら交わされる会話。

あれ、タクシー呼んだ?

誰も電話してないの?

混乱の中、空港に向かうためにあおいの父(小日向文世)が言う。

「虹の女神」の魅力は日常と非日常の奇妙な交差だといっても良い。そこにあるのは確かな生活だけどふわふわしている感じ。劇中の視点が現在と過去を行き来するのも同様で、現在(あおいの死)→過去(あおいと智也との出会い)→現在(葬式)→過去(あおいと仲間たちが撮った映画が流れる)→現在(あおいから智也への手紙)、と一定しない視点が見ている側の不安定さを煽り、そこに追い打ちをかけるようにこれでもかとホルストの「木星」が流れる。

※智也役は市原隼人

 

過去のあおいは生命力に溢れている。

そんなあおいが跳んでも跳ねても、ちょっと先の未来にはもう存在しない。生き生きとしたあおい。1ピースなくしてしまった。永遠に完成しないジグソーパズル。まざまざとソレを見せつけられている気分になる。

 

大まかには恋愛映画

結局のところ人に説明するのならば、「恋愛映画」とジャンル分けしてしまうところですが、2人の想いは成立しません。

 

あおいは智也が好きだった。

でも想いを伝える前に死んでしまう。

智也もあおいが大切だった。

でも気づいた時にあおいはもうこの世に居ない。

 

あっちの女性にフラフラこっちの女性にフラフラ、愛嬌と無邪気さだけで生きているような智也に生前、あおいはこんな届かない手紙を書きます。

優柔不断なところも好き、根性ないところも好き、一人じゃなんにも出来ないところも好き、鈍感なところが好き、笑った顔が一番好き

映画のまさにラストシーン。この手紙を智也自身が読み上げ、失ったものの大きさを知り初めて号泣(欠点をこれでもかと並べ「それでも好き」と言ってくれる相手は現実世界でもなかなかいない気がします)

この時、側にいたあおいの目の見えない妹・かな(蒼井優)が発した一言がボディーブローのようにじわじわと心を揺さぶってきます。

バカだなぁ、お姉ちゃんも岸田さんも。

 

実は冒頭、あおいが死ぬ少し前に智也が虹の写真を送るんですが、留守電に入れたメッセージがどうしようもなくて密かに好きな場面です。

変な虹です、不気味なので送りました。うそ、綺麗なので送ります。

この期に及んで。小学生男子が好きな子に意地悪するような態度を見せる智也。どうしようもありません。(その直後にあおいが死ぬなんて分かるはずもないから仕方ないんだけども)

 

どーでもいい話

虹の女神ではあおいの死の前後、雨が降っています。しかも土砂降り。それが印象的でその時の状況や主要人物の心情を空で現わしてくれる作品がとても好きだと気づきました。

※同じく以前ハマったドラマ「昼顔」も焼けるような空の中、自転車で疾走する紗和に心を掴まれたものです。(映画版では雨が印象的でした)